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2016.9.20 | 技術/研究経営相談

絶対に故障が許されないブレーキ 現場主義と技術継承を徹底させ信頼性を高める

ブレーキ新幹線

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曙ブレーキ工業株式会社の設計部門で、多くの実績を残してきた藤波秀之さん。人の命に関わる部品を作り続けるには、徹底した現場主義と、確実な技術継承が欠かせません。しかしそれぞれがパソコンで設計する現代の制作スタイルは、個人の中だけに技術が残り、チームで共有することが困難になっていると藤波さんは語ります。

どのように技術を後進まで残していくか、製造業はその課題と向き合うときが来ています。現代のスタイルに適応させながら、後進を育てられる企業づくりについて藤波さんに伺いました。

「のぞみ」のブレーキを作った技術者

 

16両編成の新幹線車両N700系には、ディスクブレーキが128個装着されています。時速300kmで走る新幹線を安全・確実に停止させるには、最高の信頼性と高度な技術が必要です。1992年から運行を開始した「のぞみ」には、曙ブレーキ工業が設計したディスクブレーキが装着されていて、同社の開発本部機構設計部にいた私も設計に携わりました。

1985年に「のぞみ」の開発計画が持ち上がった時、求められた技術は軽量化と搭載性の良いブレーキです。開発業者に突き付けられた課題は、従来は130kgだったブレーキの重量を65kgに半減させることと、時速210kmから300kmに上がる走行振動に耐えることの2点でした。開発は5年間に5度の設計コンペで行われるものであり、その後量産化に至るというものでした。

ところが当時、この量産化を信じている関係者は誰もいませんでした。新幹線が開業してから、カヤバ工業(現KYB株式会社)と住友電気工業がJR総研と開発を続けていましたが、量産化には至っていなかったのです。ところが「のぞみ」のブレーキ開発に関するJR側の本気度合は予想以上でした。

「のぞみ」のディスクブレーキは、既に新幹線のブレーキに携わっていた上記2社と曙ブレーキ工業の3社コンペとなり、1988年に厳しい条件をクリアした私たちのブレーキ採用が決定され、量産化も実現されました。開発に携わった私は社長賞を受賞し、「もう一生働かなくていいぞ」と上司に言われるほどのインパクトを残すことができたのです。

現場主義と戦略が結実して受注に至る

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私たちが設計したブレーキが「のぞみ」に採用された要因は、さまざまな技術的な取り組みや、コンペにおける戦略、また議題には上がらなかったもののメンテナンスのしやすさが好評を得ていたということも見逃せなかったのではないかと思います。

私が新入社員当時、現場で100kgもあるブレーキ交換をひたすら行った経験があります。その時は地下鉄の6両編成で48個のブレーキでしたが、ピットの作業は中腰の状態ですべてが手探り。自社製品ながらも「こんなメンテのやりづらいブレーキは、俺なら絶対に作らない!」と不平不満を言っていました。ピットでの作業は中腰で行う必要があり、すべてが手探りの難作業でした。

この経験があり、「のぞみ」のディスクブレーキには整備性を重視した設計を行いました。スライド式の飛行機のブレーキアジャスターを採用し、そのままでは使えないので首降り振動に対応するように改良を加えました。他社はアジャスターを取り外さないとパッド交換ができない構造だったのですが、工夫してアジャスターとパッドを手探りでも外せるように改良。

新入社員当時の現場での辛い経験があったからこそ、私の設計が高い評価を得ているのだと考えています。

情報共有が簡単なはずなのに、経験則が伝わらない理由

 

私が設計に携わっていた頃は、設計者一人ひとりが大きなドラフター(製図台)に向かい、設計を行っていました。時には社内の設計者が集まって一人のドラフターを囲み、「それはいい」「そうじゃない」などと、喧々諤の議論をすることもありました。これが信頼性の高い設計を生み出し、同時に後進の育成につながっていたのです。

今の設計者はパソコンに向かい、CADで設計をしています。これでは設計に大切な経験則が伝わりません。調べたいことはすぐにインターネットで調べられ、情報の共有も簡単なはずなのに、十分な意見交換は行えていないようです。そのため、綿密に設計して作ったものの、現場に行ったら取り付けができなかった、などという事態が起こります。このようなケースはドラフターを囲んでいた頃はあり得なかったことです。

私は設計者としてのスタート時に苦い経験をしています。フォークリフト用のディスクブレーキを設計した際に、カムの形状が良くなくて、100台の市場改修を行ったのです。自分でディーラーに行き、頭を下げ、改修を行いました。精神を養う良い経験となりましたが、このブレーキはその後、トヨタ、日産、TCMにも採用され、この機種の標準ブレーキになっています。市場のクレームは30年を経過した今でもありません。

「使える」資料を残すために必要なシステムを作る

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私が設計者として働き始めたときは、このような資料はありませんでした。しかしドラフターを囲んで指導してくれる先輩たちがいました。現在はこのノウハウを残している会社は少なく、技術の継承がうまく進んでいないように思えます。

現在、FTA(故障の木)解析、FMEA(故障の影響)解析などの手法が流行りですが、これは故障が起きないように、最初に設計した設計者が作成するもので、ブレーキにおいて故障は本来起こってはならないものです。設計者が設計の初期段階に、頭の中で、製図の上で徹底的に考えることが必要です。

そのためには、現場を体験し、製図版をメンバーで囲み、設計者の知恵を総動員させることが必要なのです。しかし、パソコンでCADを使って設計するという流れを、昔のスタイルに戻すのは現実的ではありません。これから取り組めるのは、設計者が確実な資料を残し、開発における背景も伝えることです。

そのため、私は設計の資料を文書にして、すべて会社に残してきました。「性能検討書」「強度計算書」「寸法検査書」の3つがあれば、設計のノウハウは会社に残り、後釜を育てるための教科書となります。

ノウハウを共有し、後進に伝えるために何をすべきかは、現場で培われた経験を元に行なわなければなりません。「使える」資料づくりのシステム化が命題となるでしょう。

この記事を書いたプロフェッショナル藤波 秀之 顧問

元曙ブレーキ設計部長 産業機械鉄道カンパニー社長

紹介文

ものづくり38年、設計、工場経営、購買を経験しており経営的視点と技術的視点の両方から適切な判断ができます。曙ブレーキでは新幹線新型ディスクブレーキの開発で社長賞を受賞。現在も量産中で30年にわたるロングセラー商品となりました。この実績から41歳から経営職に異動し5年の子会社社長経験があります。営業、開発、生産、すべてを統括し製造業としての経営ノウハウを蓄積しました。株式会社ニッコーでは4000人の中国工場社長職を経験しました。経営支援、営業支援、購買支援、設計VAVE支援が可能です。業界的には自動車、鉄道、農業機械、フォークリフト、玩具、プリンタ業界に精通しております。勤務経験地域は日本、中国広東省東莞、香港です。

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